寝つけぬ夜の……
 暑いですな。
 どうにも湿度が高くてやってられませんや。
 風のない夜で部屋も暑いし。

 ってわけで寝付けぬ夜の徒然に。


 気温が上がると体温も微妙に高くなります。
 ホントに微々たるものですが通常36〜36.2℃だったのが、最近は36.5〜36.8℃。
 さすがにそれを越えると頭痛もしてきたりして、うなじのとこに冷えピタ貼ってみたりしてます。
 前はそんなじゃなかったと思うんだけどな。
 なんでかなー。

 ついでにPCに向かってる間の尋常ならざる暑さは、本体とモニタとモデムから発される熱のせいなのは分かってます。
 寝室に移動すると(と言っても2歩の距離)体感気温が2〜3℃は下がります。
 じゃあさっさと寝ろってね。
 でもついつい夜更かししちゃうの。
 昼間はもっと暑くてPCになんて触る気にもならないから。

 あーしかしこう湿度高い日はきっと朝焼けきれいだよね。
 真っ赤に染まった空見てから寝ようかな。
 朝焼けの日は雨っておばあちゃんの知恵袋。

 朝焼けと言えば、柿本人麻呂の

 ひむがしの のにかぎろひの たつみえて (東の野に炎の立つ見えて)
  かへりみすれば つきかたぶきぬ (かへり見すれば月傾きぬ)

 と言う句がありまして(これ、確か教科書に載ってたな)、これは人麻呂が当時の皇太子・軽皇子の安騎野での狩に参加したときの歌だそうです。
 季節的には冬の頃らしいのですが、この、僅か31文字から情景の迫力、圧倒的な美しさを想起させられてとても好きな句です。
 軽の父・草壁皇子は万葉集で「日並皇子(ひなみしのみこ)」と呼ばれております。
 「日」は「天照大神」のことであり、また草壁の母・持統天皇のことをも暗示し、それに並ぶもの=皇太子としての地位を強調した呼び名です。
 が、草壁は皇位につく前に夭逝してしまいました。
 しょんぼり。

 当時は天武天皇の皇子たちが多く存命であり、父、そして持統天皇の政務を支えていました。
 そのような状況では持統の直系の孫とは言え父が皇位に就かなかった軽皇子は、皇太子としては少々弱い。
 そんなわけで持統天皇の寵篤き宮廷歌人・人麻呂は、この安騎野の雄大な景色、そこで行われた狩の壮大さを歌うと同時に、日並皇子を持ち出して軽皇子の箔付けををする歌を幾つか詠みました。

 この句もその中の1つで、単に情景を詠んだものではなく「これからこの皇子の御世がやって来るよ」という政治的な意味をも持つわけです。

 ま、いまの我々が見る分にはそんな小難しいことは置いといて、情景の美しさ、切り取り方の見事さに感服していればいいと思います。

 万葉集の時代の歌は、いまの私たちが読んでも意味のとりやすいものが多くていいですね。
 平安時代に入ると技巧にうるさくなって、美しいかもしれないけれど、迫力がなくなります。


 そんな、たまにはちゃんと読んだ本が身になってるのよ的なエクスキューズ記事を書いてみたり。 
| 三月 | 雑記 | 03:22 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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