読書「銀河の荒鷲シーフォート」
 「SF版ホーンブロワー」なんて紹介に惹かれて読み始めてみました。
 実を言えば発売当時から気になりつつも、表紙の絵で敬遠していたりもしたんですが、これは見事に失敗だったと思わされました。
 いや、でもこの歳になって読んだからこそ受け入れられるのかもしれませんが。

 物語は、主人公ニコラス・シーフォートが17歳の士官候補生として星間航行中の戦艦に乗っているところから始まります。

大いなる旅立ち〈上〉―銀河の荒鷲シーフォート
大いなる旅立ち〈上〉―銀河の荒鷲シーフォート
デイヴィッド ファインタック, David Feintuch, 野田 昌宏

 ―――が、分厚い第1巻「大いなる旅立ち」(上下)の中で起こる様々なトラブルや、主人公に降りかかる災難や不幸の量が半端じゃなく、まさに怒涛。
 押し寄せまくるけどちっとも引いていかない有様で、なんじゃこりゃー、と度肝を抜かれ、さらに、ニックの自己批判の強さや、頑なを通り越して、もう気が狂ってるんじゃないかと思うほどの軍法遵守主義や、何かというと神や故郷の父と対話してしまう精神状態などに、読者置いてかれっぱなし。

 ついでに言うと、はじめはそんな頑固なニックに腹を立てたり反発したりしていた他の士官や、水兵、乗客たちが、「ちくしょう、あんたが正しい!」とか「あなたがいなければ我々は死んでいた」なんて言いながら、その言動を認め、受け入れているというのに、当の本人が「自分なんて……」と、ホレイショ・ホーンブロワーも真っ青なほどの鬱状態に陥ってみたりして、ホントにこの艦大丈夫なのか、と心配になってついページをめくってしまう面白さ。
 
 主人公シーフォートは、体格もさほど良くはなく、計算も遅く、不器用で、決して特別優秀な人間として描かれているわけではありませんが、だからこそ、他の人間が気付かなかったものに気付くことができた、というような書かれ方をしています。
 そして、それゆえに不器用な、融通の利かないやり方で敵を退け、困難を乗り越えるのですが、それらが本人の自己認識とは大きくかけ離れて「英雄」に祭り上げられてしまう。
 宇宙軍としては、多大な犠牲が出たことに対する市民からの突き上げを回避するために、何かそういうシンボルが必要だ、という思惑があったりするわけで、それがまたニックには気に入らなかったりするんですが、巻が進むほどに、彼も「英雄」である自分を利用して立ち回ってみたりもします(でもそれが決して上手くはないんだけど)。

 登場人物は、主人公以下魅力的な人々ばかりですが、作者はそんな人たちを次々描き出しては惜しげもなく退場させてしまうので、どの巻を読んでいてもつい涙が……。

 宗教観や、キリスト教的な父子関係が色濃く反映されているというか、それが物語の根幹だと言ってもいいような濃厚さなので、はじめは違和感もありましたが、やがて、そうでなくっちゃ、という気にさせられてしまいます。
 いや、でも時々思いがけない展開があったり、直球過ぎる言葉のやり取りに出会ったりして、どれほど巻を読み進めても、やっぱりどこかで置いてかれそうになるんですが(笑)。

 そんな「銀河の荒鷲シーフォート」シリーズ、現在7巻まで刊行中。
 作者が8巻を執筆中とかなんかそんな噂もあるようですがどうなっているんでしょうか。
 ファインタック先生、続きが気になっちゃってしょうがないので早く書いてください。
 ついでにハヤカワ編集部さん、誤字脱字誤植がひどすぎます。もっときちんと校正してください。
 お願いしますよ。
| 三月 | | 01:56 | comments(1) | trackbacks(0) | -
>読者置いてかれっぱなし

何故かこの一言が無性にツボにハマりました。
読んでみようと思います。
| | 2008/10/24 4:25 PM |









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