39番目の夢
 高校生のときに、彼女の歌に出会いました。
 人付き合いの下手な自分は、
 彼女の歌に、言葉に助けられてきました。

 あれから20年近く経つ今でも。

 5月の渋公、あのとき、どれほどの痛みと苦しみを乗り越えてステージに立ったんだろう。
 あのときも自分は、彼女が差し出すものを受け取るだけだった。
 私は最後まで、受け取るだけだった。

 「ありがとう」の一言も本人に伝わる形で言えなかった。
 今更こんなこと書いても遅いけれど、
 私は本当に、彼女が好きでした。

 ありがとう。
 おつかれさま。


 『39番目の夢』 川村かおり/Hippes
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| 三月 | 言葉 | 00:16 | comments(2) | trackbacks(0) | -
漢字バトン
結城さんから「漢字バトン」もらいました。

私をイメージする漢字は「柔」だそうですよ。
「やわら」と読むのか「やわらかい」として読むのかでまたイメージが変わりそうですがはてさて。

結城さんのイメージは「芯」です。
芯のある人、芯の通った人、そして、周りに人が集まってくるような「芯」。


さてさて、それでは回答してみましょう。

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| 三月 | 言葉 | 18:52 | comments(2) | trackbacks(0) | -
「ヅ」と「ズ」再び――旧仮名遣い5
 先日、SWep3の感想を書こうとしたか何かで「手懐ける」と書きたかったのだが、何度「てなづける」と入力しても、IMEったら変換してくれず。
 仕方なしに「手」+「懐(なつ)く」−「く」+「ける」と入力。
 面倒臭いなぁ、何でこんなにIMEはお馬鹿さんなのさー、と、本来書きたかった文脈さえ忘れそうな勢いで憤慨しつつ、ふと思い立って「てなずける」で変換かけてみたら一発で希望の漢字が出た。
 ああ、これもまた「ヅ」は「ズ」に改めるべし、とやらのせいかと、本気でゲンナリ。

 字を見りゃ分かることだけど、「懐」けるに接頭語として「手」が付いてるわけでしょ?
 「懐」けるをより強調するための「手」。
 「懐」く は、「なつ」く。
 6・3・3と12年、国語を習ってきたけれど、「なす」く、なんて読み方をするとは聞いたことがない。なのに、これに「手」がついたら「ツ」が「ス」になるとでも言うのか。

 明らかにおかしい。
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| 三月 | 言葉 | 00:34 | comments(1) | trackbacks(0) | -
擬音語・擬態語
犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い (光文社新書)
犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い (光文社新書)
山口 仲美


ここ数日読んでる本が『犬は「びよ」と鳴いていた』(山口仲美 著/光文社新書)なのですが、まぁ、これが擬音語・擬態語についての考察本でなかなか興味深い。
 日本語は特に擬音語・擬態語が多い言語で、私なぞこれらの言葉を一切使うなと言われたら喋れなくなっちゃうんじゃないかと思う。古典に見る擬音語・擬態語やその変遷については本書を読んでもらうとして、しばらくは私が気になったところやなんかをつらつらと語っていこうかなと。
 日本語を覚えようとする外国人がつまづくのがこの擬音語・擬態語だというのはよく聞く話。
 暑い日にシャワーを浴びて「あー、サッパリした」と、「この問題サッパリわかんねぇや」のサッパリの違いを正確に説明できるでしょうか?(笑)
 キリキリ痛い、ズキズキ痛い、シクシク痛い、ジンジン痛い…私にはこれらの違いがハッキリ分かるのに〜〜!(笑)とかとか。
 簡単で単純なのに難しい日本語。
 ちなみに三島由紀夫は嫌いだったらしいよ。品のない言葉だって。
 宮沢賢治は天才的な使い手。
 私の最愛の中原中也は好きな人だろうなぁ。「ゆやーん/ゆよーん/ゆやゆよーん」とかさ。
 あ、中也と言えば、宿酔の頭痛を「千の天使がバスケットする」って言ってるのが好き。もーそんな状態なのになんてロマンチストなのかしら! …話ズレとるやん…。

 閑話休題。
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| 三月 | 言葉 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) | -
隠すなよ
 日曜日に行ってきたイベントで、ピーコさんが「隠そう隠そうとする方が不自然。隠すってことは悪いことって感じがするでしょう」みたいなことを言っていて、確かにねぇ〜と思ったり。

 いわゆる差別用語狩りだって、そうやって言葉を消したところで実体が無くなる訳ではないけれど、言葉が消えれば、そもそもそういうものの存在があってはならないんだというような方向に変わっていってしまいそうでこわい。
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| 三月 | 言葉 | 21:17 | comments(0) | trackbacks(0) | -
中国漢字
 文藝○秋(一応伏せとこ)の電車の中吊り広告見てたら、特集が「中国不信」か何かで、まぁ、見出しは中国の悪いとことか、日本で起きる中国人犯罪とか、書かれるのもしょうがないか? なこともあったんだけどさ、ちょっと、そりゃただの言いがかりだろー、とか思っちゃったのは「何だこりゃ、中国漢字」(だったかな?)。
 文藝○秋の本文は見てないから、どんな風に書かれてるのか知らんけど、「こんな面白いものがあるよー」っていう紹介的なものならともかく、「中国不信」な特集の号に載ってるわけだから、やっぱり嫌味っぽく取り上げてるんだろうなぁとか推測。
 中国でも画数の多い字は略字体が使われてたりするわけで、それはもちろん、中国独自のやり方で略されてるわけで、日本人から見たらサッパリ分からないものかもしれないけど。それは日本の平仮名片仮名とか、日本独自の略字とか国字と呼ばれる独自の文字とかある訳で、それらが中国の人から見たらサッパリ分からないのと同じことでしょ? 何でわざわざ論う必要があるのか謎。
 そりゃ、まぁ、中国簡体字って、確かに無茶な略しかたしてるなぁって思うものもあるんだけどさ(笑)。明日あたり本文を立ち読んでこようかな(立ち読みかい!)。

 ……そして読んでまいりました。7/12 追記

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| 三月 | 言葉 | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) | -
新しい一行
 新しい一行はそのどれもが始まりであって、
 その前に書かれたどの行ともまったく関係がない。
 毎回新たに始めるのだ
 ――チャールズ・ブコウスキー

 読書への書き込みを嫌う私が、ついラインを入れてしまった。
| 三月 | 言葉 | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「私の國語教室」と旧仮名遣い 4
 さて、「ズ」と「ヅ」について整理しようかなー。

 泉、出雲、東、水……は本来は「ヅ」らしい。
 百人一首の「みかの原 わきて流るる 泉川 いつみきとてか 恋しかるらむ」の歌の「いづみ川」清音表記で「いつみかわ」ここの「いつみ」と「いつみきとてか」の「いつみ」が掛詞になってるわけで。これが「いずみ川」だったら歌が成り立たないわけですねー。
 で、泉がイヅミなのは、元は「出づ水」からかなと。そー来ると今度は「出雲」ですがこれも「出づ雲」であることは字の通りで。「出づ」が「ヅ」なのは「出でる(イデル)」の活用形なのだからとすぐ分かる。

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| 三月 | 言葉 | 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「私の國語教室」と旧仮名遣い 3
ってわけでたびたび「私の國語教室」(正式には旧漢字)より。

 「爺」の旧かな表記は「ヂヂ」らしい。「父(チチ)」が年老いて濁ったってことかしら?
 「母(ハハ)」→「婆(ババ)」とか。……明らかに違いそうな推測だな(笑)。でも得てしてこういうものの方が正解に近かったりするのよねー(言うだけ言っとけ)。

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| 三月 | 言葉 | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「私の國語教室」と旧仮名遣い 2
 昨日に引き続き「私の國語教室」(正式には旧漢字)を読書中。

 「弟(おとうと)」「妹(いもうと)」の「うと」は「人」であるという一文を見て思わず膝を叩く。
 「兄媛・弟媛(エヒメ・ヲトヒメ)」の「ヲト(ヲツ)」に、「紫のにほへる妹」の「イモ」なのねー。
 あ、歌に出てくる場合は大概、妻や愛おしくく思ってる女性だけど、ちゃんと当時から年下の女のきょうだいの意味もあるそうで。
 んー、ってことは「小野妹子」はひょっとして末っ子とかだったりしたのかしら?
 思考が飛躍しすぎ?
 でも思わず、男兄弟ばっかりの中の末っ子で、娘も欲しかった両親がせめて名前だけでもと「妹子」なんてつけちゃったんだったりしてーとか。
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| 三月 | 言葉 | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) | -